特別対談 「みらいの航空会社に求められるもの」

航空業界は、次なる時代にどのような役割を果たすべきなのか。
コロナ禍を経て、私たちの移動に対する価値観は大きく変わりました。転換点に立つ今だからこそ、異なる立場で語り合う必要があります。
弊社、航空事業調査研究部長の岩﨑と、交通経済学を専門とする中央大学経済学部、後藤孝夫教授が対談。みらいの移動、人材育成、地域との連携、そして次世代へのメッセージまで、「空を飛ぶ」という行為を通じて、社会の在り方そのものを問い直します。

単なる業界のみらい像ではなく、「人が移動するとはどういうことか」ということの本質に迫り、空を飛ぶことの意味を、いま一度考えます。

中央大学経済学部教授 後藤孝夫

広島県出身。2009年慶應義塾大学大学院にて博士(商学)を取得。九州産業大学 准教授、近畿大学教授を経て、2020年より現職。交通経済学を専門として、交通分野の料金制度、競争政策ならびに事業評価のみならず、物流や観光といった交通に関わる周辺分野も幅広く研究している。贔屓の球団は広島東洋カープ。

JAL航空みらいラボ 取締役
 航空事業調査研究部長 岩﨑平

大阪府出身。1992年旧日本エアシステム(現 日本航空株式会社)入社。羽田空港における5年間の地上勤務以降、約20年近くを国内路線計画などに従事。日本航空経営戦略部副部長、調査研究部部長を経て、2024年7月より現職。贔屓の球団は阪神タイガース。

移動価値が再定義される時代へ

岩﨑
コロナ禍や人々の環境意識の高まりを経て、私たちの社会全体が大きく変容しました。人々の行動パターンや移動への考え方も劇的に変わりましたね。航空に期待される役割を果たすためにも、こうした社会の変化にあわせて、私たちは柔軟に対応していく必要があると感じています。
後藤
そうですね。コロナ禍以前は、移動することが当然という価値観が支配的でした。でも今は、リモートワークやオンライン会議といった、移動しなくても円滑にコミュニケーションが成立する手段が浸透しました。航空が競争すべき相手は鉄道や他の交通機関だけでなく、通信にも広がっています。つまり、移動の意義そのものが問われる時代になったのです。これは先行研究においても、すでに多く指摘されています。
岩﨑
それでも、航空の果たす役割というのは、必ずあると思います。移動が自粛された時においても、どうしても移動しなければならないニーズは、一定数必ずあるということもわかりました。移動の需要を、航空会社がどう支えていくのかが課題です。
後藤
たとえば大切な人に会いに行く旅や、現地でしか体験できないリアルな交流は、取捨選択された後でも残ることに私たちは今回のコロナ禍での経験を通して気がついています。こうした本当に必要な移動は、今後ますます重要視されるでしょう。JAL航空みらいラボが掲げる『知見の翼でみらいを創る』という理念にもあるように、航空はただの移動ではなく、私たちにとって本当に必要な移動を支える存在になっていかなければならないのだと思います。

人口減少社会における航空のサバイバル戦略

岩﨑
日本は今、国際線市場ではインバウンド需要が活況ですが、国内線市場に目を向けると、やはり今後の人口減少影響が心配です。
後藤
人口減少が進み、高い経済成長率も望めない中で、国内航空旅客数の急成長は現実的には難しいでしょう。加えて、移動の代替手段としてのオンラインの普及なども影響しています。ただし、先ほど述べた通り「本当に必要な移動の存在」にも私たちは気がついているので、国内移動が急激に減少することはないと見通しています。
岩﨑
とはいえ、厳しい状況だからこそ、新たな需要を生み出すチャンスもあると信じています。インバウンドのケースでは、これだけ多くの外国人が日本を訪れているのに、航空を使って全国津々浦々を訪問する人は、まだまだ少ない。こうした外国人に向けて、使いやすい国内航空ネットワークを整備したり、あるいは関係人口、二地域居住といったニーズのある地方と人をつないだりすること、また、これまで航空移動に抵抗や不安をお持ちの方に安心して移動いただける空間をいかにして作るのかなどに知恵を絞る必要があります。
後藤
新たな需要を作り出すことは、航空会社がチャレンジすべき領域です。特に、地方を訪れる外国人観光客はまだ限られています。地方の魅力をもっと発信し、航空を使って地方へ足を運んでもらう仕掛けを作るべきでしょう。さらに、飛行機を身近に感じていない人たちにも、安心して利用してもらえるような工夫が求められます。そのためには、これまで航空会社に届いていない声やニーズを新たに分析してデータ化する人財や組織づくりが必要ではないでしょうか。
岩﨑
まさに、地方創生と航空ネットワークの連携がカギになります。JAL航空みらいラボとしても、地域とのつながりを深めながら、移動をもっと身近に感じてもらえるようなアイデアを提案していきたいと考えています。
後藤
「地域にはどういうニーズがあるのだろうか」。そんな問いを持ちながら、現場に深く入り込み、一つひとつ丁寧に声を拾い、連携を築いていく姿勢が求められます。成果が出るまでには時間がかかるかもしれませんが、5年、10年という長い目で取り組む意義は十分にあります。ハードルは高いですが、ノウハウがある航空会社だからこそ取り組める領域だと思います。

航空に求められる『新たな4つの力』とは

岩﨑
これからの航空業界に期待される役割について、後藤先生から4つの要素を挙げていただきました。安全は大前提として、高速移動、利便性、快適性、そして環境適合。それぞれの優先順位について、どう考えていますか?
後藤
まずはじめに、この4つは単独で動くものではありません。互いにリンクし合っていて、どれか一つだけを高めればいいというものではないのです。利用者からみて、ビジネス利用か観光利用かによっても優先順位は変わりますし、究極的には一人一人違うとも言えます。まずは全体の底上げが重要です。特に、高速移動というのは航空の最大の特長ですから、ここを強化する過程で、利便性や快適性、環境配慮も並行してブラッシュアップしていく。そして今まで航空会社が関わりきれていなかった領域にも、自ら先頭に立って働きかけていくことが求められています。とても難しいとは思いますけど、進むべき方向性であることは間違いありません。
岩﨑
航空会社が安全安心・快適に2地点を結べばよいというだけの時代は終わりました。今や地域と連携し、共に知恵を出し需要を創出することが求められています。しかし、航空会社が単独でできることには限界があります。競争から協調へ、他社や異分野とどう手を取り合っていくのか、見直しが始まっているところです。

本業か、多角化か?航空業界のみらい設計図

後藤
航空事業において、本業である航空分野と非航空分野のバランスについて今後どう考えるべきでしょうか。鉄道業界では、本業の運輸収益は2〜3割にとどまり、多くを不動産など他事業が支えています。今後、航空業界も同じ道を進むのか、それとも本業に軸足を置き続けるのか。そのバランスや将来的なリスクへの備えは、外部からは見えづらいです。
岩﨑
本業を縮小するのではなく、成長させながら非航空分野の規模を拡大することで、事業全体のバランスを見直す動きが進んでいます。まだ道半ばではありますが、各社ともコロナ禍で得た教訓を踏まえ、収益の柱を複数持つことが不可欠だと認識しています。本業に依存しすぎず、柔軟かつ持続可能なビジネスモデルを構築することが今後の共通課題ですね。
後藤
航空業界全体が取り組んでいく課題ですね。切磋琢磨するのか、助け合っていくのか。
岩﨑
航空会社に求められる役割には普遍的な要素もありますが、時代とともに、その重点や優先順位は変化していきます。社会の変化に敏感にアンテナを張りながら、その動きを的確に捉え、柔軟にみらいへと進化していく必要があると感じます。本業と非航空の領域を両輪で推進するのも、単なるリスクヘッジではなく、成長戦略として取り組むべきですね。どんな社会変化にも対応できる柔軟性を持つためには、本業+αの新たな収益の柱が欠かせません。
後藤
新たなニーズを掘り起こし、事業化することは、航空会社にとって大きな挑戦であり使命。仮に事業化が難しくても、必要と判断されれば公的支援が必要となるケースもあるでしょう。どこまでニーズに寄り添って、事業化していけるのか。そのプロセスではデータ分析と人との対話の両方が不可欠です。定量と定性、数字と感覚の両輪で捉えていくことが、みらいの航空事業を支える鍵になると考えています。

Move forward ― みらいの航空を担う人材育成

岩﨑
航空業界がこれからの時代に役割を果たし続けていくためには、何より人材の確保が不可欠です。空港グランドハンドリングにおいては、人手不足が表面化しました。様々な対策も講じられていますが、グランドハンドリングのみならず様々な職種において事前の対応が必要であることを強く感じています。産学協創の観点からお伺いしますが、学生と日常的に接しておられる中で、航空業界に対する印象や志望する学生に変化は見られますか?
後藤
コロナ禍前後で大きく変わったなどいう印象があります。コロナ禍以前は、私自身が交通の授業を担当していることもあり、航空業界を志望する学生は多かったです。でも今は、リスクへの不安から、躊躇する声も聞きます。一本足の経営にも見える航空業界が、もしまた危機に直面したらどうするのか?そんな疑問を持つ学生も増えました。熱意を持って航空業界を目指す学生もいますが、全体としては志望者数はやや減少傾向にあると感じます。
岩﨑
社会に求められる存在であり続けるためには、学生からも選ばれる業界でなければなりません。そのためにも、私たちは変わる覚悟を持ち、魅力ある業界づくりに取り組む必要があります。みらいを切り開くには、新たな分野への挑戦を恐れず、その姿勢を自ら体現していくことが大切だと感じています。
後藤
今の学生にとって、飛行機はまだ遠い存在かもしれません。料金の高さも一因となり、利用のハードルは決して低くありません。だからこそ、その壁を乗り越え、もっと気軽に航空に触れられる仕組みをつくることで、きっと彼らの心を動かすことができるはずです。若い世代のニーズを丁寧に掘り下げ、積極的に発信し、背中を押すような取り組みが今まさに求められています。JAL航空みらいラボが大学に入り込み、学びや交流の場をつくることは、大きな意義があります。座学だけでなく、実践的な体験を提供することも、次世代を担う人材の育成において、ラボの存在価値をさらに高める取り組みになると感じています。
岩﨑
私たちは、その出発点となる「窓」の役割を果たしたいと考えています。さまざまな人々と交わることで、新しいみらいへの可能性を広げていきます。
後藤
ラボが学びや交流の入り口になれば、学生にとっても大きな財産になるでしょう。実践を通じたリアルな経験が、みらいを動かす力になるはずです。

越境と共創がみらいを動かす。分野を越えた連携の場

岩﨑
今回の対談では、みらいに向けて航空が果たすべき役割と、そのために越えるべき課題を改めて確認できました。航空会社は能動的に、業界内だけでなく外部との連携・協調による問題解決に取り組むことが欠かせないと実感しています。業界の垣根を越えて、みらいの移動全体を考えることが求められると感じています。
後藤
JAL航空みらいラボには、航空業界の枠にとらわれず、移動全体を広い視野で捉える開かれた場としての役割を期待しています。さまざまな立場の人々が出入りし、興味を持ち、意見交換できる環境づくりが重要です。航空と比較的なじみが深い、経済や土木だけでなく、ときには哲学のような異分野からの視点も交わることで、多面的なコミュニケーションが生まれることもあると思います。そのような中から、航空を軸とした新たな価値が浮かび上がるはずです。ワントリップに関わる多様なプレイヤーがつながり、対話するだけでも相互の理解が深まり、次の展開へとつながります。
岩﨑
知らない場所へ行き、空気を感じ、食を味わい、人と出会う。私たちは、人は、移動することで幸せになると信じています。リモートという強敵が出てきているものの、移動することの価値は、むしろ心に響く幸せ度を増やすものとして、再認識されるはず。自ずと、そこには需要が増えてくると思いますね。それを考える上で、航空会社だけとか交通だけとか地域だけとかいうことではなく、全体で見直したり、価値を再認識したりする。そんな場面が必要ですね。
後藤
リモートの普及によって、一時的に移動の需要が減ったように見えるかもしれません。ですがその一方で、移動でしか得られない価値が、かえって際立つようになりました。利用者自身もその違いを感じ取り、改めて移動の意味を見直し始めているように思います。リモートの普及によって、以前より時間が節約でき、新たに活用できる時間が生まれたと考えることもできます。限られた時間をどう使うのかを考えたとき、本当に価値のある移動がしたいという欲求は、多くの人の中に芽生えているのではないでしょうか。その思いを支えるには、中立的な立場で場をひらき、多様なプレイヤーに積極的に声をかけていく人々の存在が極めて重要です。そうした動きが、日本のモビリティを大きく動かしていく原動力になると感じています。
岩﨑
私たちは中立的なプラットフォームとして、その場作りに、本気で取り組んでいきます。後藤先生、本日はありがとうございました。

社会が抱える多様な課題に向き合い、連携と協調を通じて新しいみらいを切り拓く。それが、今私たちに求められているミッションです。JAL航空みらいラボは、そのための「開かれた場」でありたいと考えています。

学識者、学生、異業種のプロフェッショナル、地域の人々など、あらゆる領域を超え、さまざまな知恵と情熱が交わる場所です。単なる座学ではなく、リアルな現場での対話と実践を通じて、移動のみらいをともに考え、育んでいきます。